天 賦 典 式
Temputenshiki

 人々がこの世界に生まれ入った事件こそを先ず大いなる才能とすることが「天賦典式」

の初発の意志である。我々人間は、個的にも人類的にも幾多のイニシェーションを経巡っ

てついに、擬似的な
現実原則の「日常行為」を所有して疑うことをしなくなってしまった。

その日常行為によって
永い日々の間に間に抹殺され流産されてしまった名も知れぬ「身

振」達の採集と組変えと
その構築が「天賦典式」の大きな仕事である。それは統御され、

合理化された現代の肉体
達の「行為」との関係の貧しさよりも、抹殺され流産され続けて

いる「身振」達の豊穣さに、
私は魅入られその可能性を確たるものに思うからである。或い

は古代的、土俗的、オドロ
オドロ、猥雑、卑猥、ダイナミズム、エロティック、バーバル等々、

要するに異常と見えるの
はその多義的豊穣さの結果であって、それ等の言葉を標榜したり、

目的としたからではない。

 「天賦典式」は洋の東西を問わず、貧相な擬似的現実原則行為によって抹殺され続けて

いる無名の「身振」達の復権の日がくるまで営々と続けられていくだろう。

 人々もまた、未来
はそのようにあるべきではないかと思い始めているようだ。



being born in this world is a great talent it self .